【ニュース】中東情勢に翻弄されるエネルギー政策-石炭回帰か脱石炭か?


米国によるイランへの攻撃を契機としたホルムズ海峡の閉鎖は、原油価格の高騰やエネルギー供給の逼迫を通じて世界経済に混乱をもたらしており、中東依存度が相対的に高い日本をはじめとするアジア諸国のエネルギー安全保障に深刻な影響をおよぼしています。

日本は、言うまでもなくほとんどの燃料を輸入に依存しています。調達元や供給ルートを分散させたとしても、地政学リスクそのものを回避することはできません。日本政府は「電力の安定供給」を掲げていますが、輸入燃料への依存を抜本的に減らすための政策転換を進めることなく、先行きの見えないホルムズ海峡情勢に緊張感を高める中、国家備蓄原油の放出を行っています。

ガス価格高騰が石炭を延命させるのか

今回のエネルギーインフラの危機的な状況は、温室効果ガス排出量の大きな石炭火力から早急に脱却しようとする動きにも影を落としています。2024年のG7気候・エネルギー・環境相会合で議長国を務めたイタリアは、2035年までの石炭火力の段階的廃止の合意を主導し、自国のエネルギー戦略でも2025年までに石炭火力を廃止する方針を掲げていました。しかし、今年3月31日に石炭火力発電所の廃止目標を2038年まで後ろ倒しにすると発表。背景には、電力の約4割を占めるガス火力の燃料を中東からの輸入に依存していることがあり、紛争開始後にガス価格が高騰したことが大きく影響したとみられています。

英調査会社のウッドマッケンジー(Wood Mackenzie)は、同社独自のモデル結果と知見を活用した将来予測Lens Energy Transition Scenarios*」を公開していますが、これを基に中東情勢の緊迫による地政学的な不安定さが持続した場合に世界のエネルギー需要と供給、投資の変化を考察しています。その結果、短期的には石炭利用の拡大や、石炭火力の廃止延期といった動きが生じる可能性を指摘しています。

各国がエネルギー供給源の多様化や国内資源の利用を優先することで、2050年までの世界の石油需要はベースケース(エネルギー転換が進展する想定シナリオ)と比較して20%、ガス需要は10%減少すると予測しています。石炭需要は短期的に20%増加し、原子力発電は40%増加するとの見込みです。

その一方で、再生可能エネルギーは急速な拡大を続け、各国の国内電力システムの基幹電源としての役割を強めると分析されています。さらに、より効率的で安全なエネルギー経路を優先するために水素およびCO2回収技術の導入は縮小していく可能性があると記しています。

*Lens Energy Transition Scenario: 2060年に向けた4つの異なるエネルギー転換のシナリオ

  • エネルギー転換が進む場合(ベースケース):再生可能エネルギーが急増するものの、需要の増加分を補うに留まり、その結果、世界の平均気温は2.6℃上昇する
  • 移行が遅延する場合(エネルギー支配):安全保障上の懸念によりクリーンエネルギーの普及が鈍化し、それを化石燃料が埋める結果、世界の平均気温は3.1℃上昇する
  • 各国が公約が守られる場合(エネルギー・レジリエンス):協調的かつ現実的な、断固としたクリーンエネルギーの転換が進み、世界の平均気温上昇を2℃に抑える
  • ネットゼロを達成する場合(エネルギー・イノベーション):エネルギーシステムの抜本的な再構築により、世界の平均気温上昇を1.5℃に抑える

また、ガーディアン紙は、「石油やガス生産・精製能力が正常に戻ったとしても、今回の危機をきっかけに多くの国がエネルギー政策の見直しを迫られるだろう。特にアジアでは湾岸危機によりエネルギー供給を特定の地域に過度に依存することのリスクが露呈したことで、今後、多くの国がエネルギー源の多様化を図る可能性が高い。」「各国が化石燃料への依存を完全に脱却する一助となる可能性がある。」と報じています。

各国の対応は?多くの国は石炭回帰よりも脱石炭へ

気候科学やエネルギー政策の最新動向を分析・発信しているCarbon Briefは、4月8日に公開した記事「Iran war analysis: How 60 nations have responded to the global energy crisis(イラン戦争の分析:世界的なエネルギー危機に対する60ヵ国の緊急処置)」の中で、各国の対応状況を整理しています。

同記事には、60か国185件の政府関連政策やキャンペーンを特定して分析した結果、国内における再生可能エネルギー拡大の必要性を強調する国がある一方で、日本、イタリア、韓国のように、短期的であれ石炭への依存度を高める選択している国もあることが示されています。

また、中東からの化石燃料への依存度が高いアジアの国々の中には、需要抑制策として発電所の稼働停止や燃料配給制の導入、学校を休校にするなどの策を講じている国もあるようです。

出典:Carbon Brief ”Iran war analysis: How 60 nations have responded to the global energy crisis”

欧州はアジアに比べれば直接的な影響が比較的少ないものの、ドイツ、イタリアはアジア諸国6カ国と同様に(計8か国:日本、韓国、バングラデシュ、フィリピン、タイ、パキスタン、ドイツ、イタリア)石炭火力の閉鎖の延長、利用拡大、または脱石炭に向けた計画の見直しを行う方針を発表しています。日本政府は、LNGの調達について不確実性が高まっていることを理由に、入手しやすい石炭火力の稼働を高めるため非効率石炭火力の稼働抑制を1年限定で解除する方針を発表しました(この内容については別記事を参照)。

こうした動きとは逆に、今回のエネルギー危機を機にクリーンエネルギーへの構造的転換の重要性を明確に強調している国も少なくありません。再生可能エネルギーも新設・稼働には時間がかかりますが、化石燃料発電所の建設に比べればその所要時間が大幅に短いことは明らかです。

インドやカリブ海の島国であるバルバドス、英国の指導者たちはクリーンエネルギーへの構造的転換の重要性を明確に主張しています。フィリピンのエネルギー長官は新たな太陽光と蓄電池設備の稼働開始についてのアナウンスの中で、「中東情勢の混乱のなか、再エネと蓄電技術の開発を加速させることは、戦略的に不可欠かつ国家の責務でもある。」と述べています。また、ニュージーランド政府は、2027年までに新たなLNGターミナルを建設する計画が不透明な状況になっていることを示唆し、ベトナムの複合企業ビングループ(Vingroup)は、再生可能エネルギーを優先するためにベトナム国内での新たなLNG火力発電所の建設計画を断念したい意向を政府に伝えたとされます。

各国で将来的な輸入化石燃料への依存度を見直す兆候が見られる中、韓国では国外の化石燃料への依存度が高いほどエネルギー安全保障の脅威が強まるとみて、再生可能エネルギーへの転換を加速するための予算が組まれました。

先述のイタリアは石炭火力の廃止を延期したとはいえ、国内に残る石炭火力発電所は4基(本土に2基、サルディーニャ島に2基)のみで、このうちの1基もしくは3基の稼働を継続するとしても、2024年時点の国際エネルギー機関(IEA)のデータでは石炭火力がエネルギー構成に占める割合は2%未満なので、いまだに100基以上の石炭火力発電所が稼働している日本とは雲泥の差があります。

火力発電から再生可能エネルギーへ

エネルギー・クリーンエア研究センター(CREA)の分析によると、リアルタイムに近いデータが入手可能な国々における2026年3月の化石燃料による総発電量は、前年同月比で1%減少しています。ガス火力が4%減少したのに対し、石炭火力は横ばいでした。全体を見ると、ガス火力の減少分は、石炭ではなく太陽光と風力発電で補われたことが明らかです。さらに、エネルギーコンサルティング会社Bombay Strategyによる分析では、3月の石炭の輸入量は前年同月比で約7.6%減少し、5年ぶりの低水準となっていました。

出典:CREA, Global fossil power generation fell after the Hormuz closure due to solar and wind growth

こうした報告書や分析は、中東危機を「石炭回帰」の契機としてではなく「脱石炭」やエネルギーシフトを加速させる機会と捉える国々が存在することを示しています。化石燃料への依存を続ける限り、各国は国際情勢や地政学リスクに翻弄され続けるだけでなく、地球温暖化の進行にも加担し続けることになります。

だからこそ今、日本が求められているのは、輸入化石燃料に依存する脆弱なエネルギー構造を見直し、国内で安定的に活用できる再生可能エネルギーの大幅な拡大を核にエネルギー安全保障と気候変動対策を同時に実現する道へと舵を切ることです。

関連情報

Carbon Brief:Iran war analysis: How 60 nations have responded to the global energy crisis
Iran war analysis: How 60 nations have responded to the global energy crisis – Carbon Brief
CREA(エネルギー・クリーンエア研究センター)
Global fossil power generation fell after the Hormuz closure due to solar and wind growth

JBCパートナー団体からの発信

グリーンピース:イラン攻撃後のエネルギーショックに各国はどう対応したか──日本のガソリン補助金の効果は?
自然エネルギー財団:今こそ化石燃料からの転換加速を 日本を守り強くするエネルギー政策の提案
気候ネットワーク(スタッフブログ):エネルギー危機に世界各国はどう対応しようとしているのか

別記事紹介
ニュース】2026年度の非効率石炭火力の設備利用率50%制限を撤廃-脱炭素に逆行