【レポート】IRENA、世界の水素貿易に関する報告書を発表


2022年7月、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は一連の水素の輸送・取引に関する報告書「The Global Hydrogen Trade to Meet the 1.5℃ Climate Goal(仮訳:1.5℃目標の達成に向けた世界の水素貿易)」を発表しました。報告書は第1部「Trade Outlook for 2050 and Way Forward(2050年に向けた水素の取引の概要)」、第2部「Technology Review of Hydrogen Carriers(水素キャリアに関する技術評価)」、第3部「Green Hydrogen Cost and Potential(グリーン水素のコストとポテンシャル)」の3部から構成されています。

水素を遠隔地へ輸送する効率的な手段はこれまで存在していませんでしたが、液体や水素化合物にして効率的に貯蔵・運搬する方法が確立され、その利用が拡大しつつあることにより、水素が脱炭素社会の次世代エネルギーとして期待されています。本レポートは、エネルギーとしての水素のサプライチェーンを輸送取引、技術、コストの面から分析してまとめたものです。

第1部は、世界的な水素取引を実現させるための数々の課題を踏まえた技術経済分析を行うことで、水素取引が実現するための条件を探っています。気温上昇を1.5℃に抑える脱炭素社会では、エネルギーキャリアとしての水素の需要が世界的に高まり、製造・輸送・取引されると見なされています。2050年に国際取引される水素の55%はパイプライン輸送、45%は船舶輸送され、船舶輸送される水素の多くはアンモニアとして運搬されると予測されています。アンモニアの船舶輸送コストは現在のUSD 8/kgH2から2050年にはUSD 0.8/kgH2にまで下がると示されています。また、グリーン水素を製造するには、再生可能エネルギーを電気分解して水素に変換処理し、エネルギー密度を高めるために電力を必要とします。迅速な水素社会への移行において重要なのは再エネの拡大であり、再エネの発電量を現在の年間290GWから、2030年台半ばまでに少なくとも現在の約3倍の年間1TW以上にする必要があります。さらに2050年までには、グリーン水素の製造と貿易だけのために1万GWを超える風力・太陽光発電が必要となります。電気分解装置の規模を2021年の700MWから2050年までに4~5TWにする必要があることも指摘されています。

第2部では、圧縮ガス状水素の陸上パイプライン輸送と、他の(主に船舶輸送)で使用される3つの形態(アンモニア、液体水素、液体有機水素キャリア(LOHC))での輸送を比較しています。2050年における、陸上パイプラインと、液化水素・LOHC・アンモニアの形態での船舶輸送という4つの異なる水素輸送コストを、事業規模と輸送距離の条件ごとに比較した結果、利益が最大となる輸送規模は、LOHCとアンモニアでは年間0.4 MtH2、液化水素では年間0.95 MtH2となりました。輸送距離では、アンモニアの船舶輸送が幅広い条件において最も効率的で、輸送距離が長いほどアンモニアの船舶輸送の効率が高くなることが示されました。パイプラインは、輸送距離が3000㎞以下の場合に最も安いオプションでしたが、距離が長くなるほど効率は低くなりました。既存のパイプラインを水素輸送に転用できる場合にはコストが65~94%下がり、コスト競争力の高い8000㎞まで輸送距離を延ばすことができます。液化水素として船舶輸送する場合には、-253℃に保たなければならないことが不利な条件となります。液化水素の船舶輸送の効率が高いのは短距離の輸送であり、長距離のパイプラインの敷設ができない場合(島嶼地域、日本や韓国)においては、輸送距離4000㎞までの大量輸送が効率的と示されています。LOHCは既存設備が利用可能であること、化学的に安定していること、輸送や貯蔵中のボイルオフ損(気化による損失分)が少ないことなどの利点がありますが、実用化には多くの技術的課題を抱えています。

第3部は、土地の特性など、さまざまな条件から水素の利用が適さない区域を考慮した上で、グリーン水素製造のコストとポテンシャルを分析しています。水素の製造コストは主に再エネと電気分解装置のコストに依存します。2050年に排出ネットゼロのエネルギーシステムを構築するには、14TWの太陽光パネル、6TWの陸上風力、4~5TWの電気分解装置が必要になると示されています。一方の水素製造コストについては、最適地での楽観的シナリオでUSD 0.65/kgH(水素1㎏あたり約88円)、悲観的シナリオではUSD 1.15~1.25/kgH2(同155~169円)と示されました。地域ごとの比較において、日本は韓国と共に、グリーン水素製造のポテンシャルが最も低い地域として位置づけられています。

地球温暖化を防止するために、CO2を大量に排出する化石燃料の燃焼に依存することなくエネルギーを得るには、再生可能エネルギーの活用が不可欠です。しかし、再生可能エネルギーを大規模に貯蔵・運搬するには、蓄電池や輸送の問題を解決する必要があります。再生可能エネルギーで水を電気分解し、CO₂を発生させずることなく製造した水素をエネルギーキャリアとして利用するシステムはその解となりますが、それを普及させるには、安全かつ大規模な水素の貯蔵・輸送ができなけれならないのです。

このレポートから、貴重なグリーン水素やグリーンアンモニアを発電に使うことがいかに愚の骨頂か改めて明らかになったと言えます。1.5℃目標の達成に向け、水素の利用は電化が不可能な分野に限定されていくことになるでしょう。

報告書のダウンロード:
IRENA [2022] Global Hydrogen Trade to Meet the 1.5℃ Climate Goal
Part I: Trade Outlook for 2050 and Way Forward

Part II: Technology Review of Hydrogen Carriers

Part III: Green Hydrogen Cost and Potential

PR: A Quarter of Global Hydrogen Set for Trading by 2050