【レポート】国連『排出ギャップ報告書2025 – Off target 』


2025年11月4日、国連環境計画(UNEP)が『排出ギャップ報告書2025(原題:Emissions Gap Report 2025: Off Target)』を発表しました。本書は、副題の「Off target(目標未達)」が示しているように、パリ協定に基づく気候変動対策に関する国際公約により、今世紀の地球の気温上昇をわずかに抑えたに過ぎず、世界の気候リスクおよび被害がいっそう深刻化する方向に向かっているとの厳しい状況を示しています。

概要

2025年9月30日までに新たなNDC(国別削減目標)を提出したのは、パリ協定締約国の3分の1未満(64か国)でした。これらのNDCを完全に実施できた場合の今世紀の地球温暖化予測値は、昨年の2.6~2.8℃から2.3~2.5℃に低下。現行政策のみに基づく場合の予測値も、昨年の3.1℃から若干下がったとはいえ、最大で2.8℃上昇すると見込まれ、1.5℃に抑える目標からはほど遠い状態であると指摘しています。

更新された政策の見通し、2035年に向けた新しいNDC(NDC3.0)や方法論の更新によって、温暖化予測値は昨年と比較して約0.3℃下がってはいますが、そのうちの3分の1(0.1℃)は方法論の更新による改善であり、しかも、この程度は米国がパリ協定から離脱することによって相殺されてしまうと考えると、各国が提出したNDCそのものが気温上昇の抑制に実質的な効果を発揮しているとは言えないと述べています。

報告書は、パリ協定目標に必要な削減量、達成までの限られた時間、さらに困難な政治情勢を踏まえると、おそらく今後10年以内に気温上昇が1.5℃を超えることになるだろうと予測。気候リスクと被害を最小限に抑え、1.5℃目標の達成を現実的な範囲内に留めるためには、温室効果ガス(GHG)の排出量を迅速かつ大々的に削減し、1.5℃をオーバーシュートしないように抑制しなければならないと述べつつも、この実現は極めて困難であるとも指摘しています。

エグゼクティブサマリーからの抜粋

1.世界のGHG排出量は2024年に57.7 GtCO2eに到達、2023年水準から2.3%上昇
2023年水準からの2.3%増加は、2022-2023年にかけての1.6%増加より高く、2010年代の年間平均増加率(年0.6%)の4倍以上に相当する。なお、2024年の化石燃料由来のCO2排出は、データベースによって多少の幅(0.5-1.1%)があるものの、全体としては0.55 GtCO2の実質増、世界のCO2排出量増加の36%を占めた。

出典:UNEP Emission Gap Report 2025

国別でみるとGHG主要排出国のうち、インド、中国、ロシア、インドネシア、米国では排出が増加。EUのみで減少が見られた。アジアでの排出増加が進んでいる。

2.NDC提出期限とされた2025年9月30日*までにNDC3.0を提出し、その中に2035年までの緩和目標を掲げた国は、世界のGHG排出量の63%を排出する60か国のみ
各国が2035年までの削減目標を盛り込んだ新たなNDCの提出期限は、当初定められていた2025年2月から9月30日まで延期されたにも関わらず、NDCを提出したのは64か国のみで、さらにその中で2035年までの緩和目標を掲げていたのは60か国のみ。2030年の目標を更新したのは、世界のGHG排出の1%を占める13か国のみだった。NDC3.0も必要な排出削減ペースにはほど遠く、進捗を加速させるのにはほとんど役立っていない。
*UNFCCCはNDCの提出期限を非公式に2025年9月まで延長した。

3.G20加盟国のNDC3.0および政策の更新によって、2035年のGHG排出量予測値は減少したが、削減量は比較的少なく、多大な不確実性が漂う
G20加盟国のうち、7か国(オーストラリア、ブラジル、カナダ、日本、ロシア、英国、米国)はNDC3.0を提出し、3か国(中国、欧州連合、トルコ)は目標を発表している。G20加盟国のいずれの国も2030年の目標の引き上げは行っていない。

出典:UNEP Emission Gap Report 2025

4.G20加盟国のうち7か国はNDC目標達成に向けて順調に進んでいるが、ほとんどの国は各国のネットゼロ排出の公約に向けて明確な軌道に載っていない
G20加盟国のうち7か国は、現行政策で2030年の無条件NDC目標を達成できる見込みがある一方で、9か国は軌道から外れているか、現行政策下での目標達成が不確実と評価されている。いくつかの国は、現行政策および対策に基づき、目標に手が届きつつある。

5.新しいNDCは2035年の排出ギャップを縮めたものの、依然として大きなギャップが存在している
NDC3.0が提出されたものの、各国のNDCが完全に実施された場合の世界のGHG排出量は、2.0℃および1.5℃への経路に整合する水準には、2030年・2035年ともに依然として大きな排出ギャップが存在する。

出典:UNEP Emission Gap Report 2025

6.気温予測は昨年よりわずかに低い程度に留まっており、早急な緩和策の重要性を改めて強調している
いくつかのシナリオ分析に基づく将来予測は、緩和策を早急に実行することで温暖化を大幅に抑制できる可能性を示唆している一方で、1.5℃目標を超えてしまう可能性も現実味を帯びてきているという事実、さらに、それ以上の温暖化リスクが急速に高まっているとの事実を浮き彫りにしている。

7.気温のオーバーシュートがより高く、より長くなる可能性が高まっているとしても、地球温暖化を1.5℃に抑える努力を追及することは、今まで同様に極めて重要であり意義がある
現在、地球温暖化は1.5℃に近づいており、まもなくこの抑制目標を超えてしまう可能性は高い。しかし、パリ協定の長期的な「産業革命以前に比べて世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」という目標は、依然として気候変動対策の中核を成すものである。国際司法裁判所が示した勧告的意見においても、1.5℃がパリ協定の「主要な」目標であることが確認されている。

まとめ

本報告書の副題の下に書かれた言葉「Continued collective inaction puts global temperature goal at risk(仮訳:加盟国が行動しないままであれば、地球の気温目標は危機に曝される)」は、現在の危機的な状況を端的に示しています。報告書にも書かれているように、行動を起こすのが遅れれば遅れるほど2050年までのネットゼロ達成とその後のネット・ネガティブエミッション(実質的に大気中の温室効果ガスを回収・除去してマイナスにする)への道筋は、より険しく、より費用を要する、さらにより混乱を招くものとなってしまいます。新たなシナリオを踏まえ、2100年までに気温上昇を「1.5℃」に抑えることが技術的には可能であるとしつつ、各国の大幅な排出削減策が継続的に遅れると、1.5℃目標に向けた経路に対するギャップは、縮小よりむしろより拡大する可能性が高いとも警告しています。

本報告書は、新たなNDCと現在の地政学的状況は、地球温暖化対策として有望な兆しを示してはいませんが、だからこそ、各国および多国間プロセスは、パリ協定の気温目標を達成するための共有する約束(コミットメント)と信頼を改めて確認しなければならないと結んでいます。

UNEP: Emissions Gap Report 2025
4 November 2025

国際連合広報センター「新たな気候誓約は地球温暖化予測の修正にはほとんど寄与せず、と国連の『排出ギャップ報告書2025』が警告(UN News 記事・日本語訳)」(リンク

作成・発行:国連環境計画(UNEP)
発行:2025年11月4日

<補足>

NDCとは、GHG排出量を削減するための処置(緩和策)や、異常気象など気候変動による影響に適応するための処置(適応策)を示し、必要な資金を確保するためのものであり、5年ごとに計画を更新し、提出することになっています。第1回のNDCは2015年に草案を作成して2016年に受理されたもので、第2回目の提出は新型コロナの感染拡大で1年延期され2021年に提出されたもの。今回が第3回の提出になります。2025年11月にブラジルで開催される国連気候変動枠組み条約第30回締約国会議(COP30)に先だって、2025年2月までの提出が求められていました。COP30までに提出国が増えるとみられますが、現時点までに提出されている主要な国のNDCの提出状況を下表に記しておきます。米国のNDCは、2021年にバイデン政権がパリ協定への復帰後に提出したものです。