2024年5月15日、エネルギー基本計画の改定に関する審議会での議論が始まりました。エネルギー基本計画は、日本のエネルギー政策の骨格となるものです。日本の温室効果ガス(GHG)排出量の8割以上はエネルギー起源によるものであることから、今後の電源構成の在り方や、石炭火力を含む火力発電の方針を位置付けるエネルギー基本計画の内容には注視しなければなりません。
エネルギー基本計画改定の焦点
経済産業省は、今後、議論すべき論点として① 需要側のGX・省エネ 、② 電源の脱炭素化(再エネ、原子力、水素・アンモニア・CCSによる火力の脱炭素化等)、 系統整備・蓄電池、 ③ 重要鉱物、脱炭素燃料を含む資源戦略、 ④ 電力システム改革/エネルギー事業環境整備 、⑤ エネルギーミックスの在り⽅ 等を掲げ、官邸に設置されたGX実行会議での議論の状況も踏まえながら審議を進めるとしています。
エネルギー政策を策定する大前提として①気候変動対策として1.5℃目標に整合する温室効果ガスの削減目標、②国際合意となっている化石燃料からの脱却、石炭火力のフェーズアウト、③再エネ3倍・エネルギー効率2倍といった国際合意があるべきですが、その前提は示されていません。
第6次エネ基の達成も危うい現状
現行の第6次エネ基で示された2030年の電源構成では、石炭が19%、LNGが20%となっていますが、現状の政策下ではこの不十分な割合すら大幅に上回ってしまう可能性が極めて高い状況です。
資源エネルギー庁が作成した下図は、2022年度までの発電電力量の推移を示していますが、このままでは第6次エネルギー基本計画の2030年度の目標達成が危ぶまれることが見て取れます。
また、2024年1月に電力広域的運営推進機関(OCCTO)が、今後10年間の電力需要の見通しを事業者から取りまとめて発表した「2024年度供給計画の取りまとめ」によれば、2033年時点でも火力発電が約60%を占めており、2030年度の目標値を大幅に上回ることは明らかです。
総合エネルギー統計(2022年度確報)から2022年の電源構成 | 第6次エネルギー基本計画に記された2030年度のエネルギーミックス | OCCTO「2024年度供給計画の取りまとめ」に記された2033年の電源構成 | |
石炭 | 30.8% | 19% | 29.2% |
LNG | 33.8% | 20% | 28.6% |
石油等 | 8.2% | 2% | 2.6% |
再生可能エネルギー | 14.1% | 36~38% | 33.5% |
原子力 | 5.5% | 20~22% | 6.0% |
水素・アンモニア | – | 1% | – |
第7次エネルギー基本計画に向けた問題提起
政府は、今回の改定を「GX2040ビジョン」とも連動させ、これまでの基本路線を継承し、水素・アンモニア燃料の有効活用を含めた脱炭素戦略の方針を改めて位置付けると予想されます。昨年7月には「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略」(GX推進戦略)を、今年2月には「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律案(水素社会推進法案)」と「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案(CCS事業)」を閣議決定し、独自の脱炭素政策を具体化させようとしていますが、問題は山積しています。
1)日本の姿勢を問われる石炭火力削減策
現在、日本では石炭火力が発電量の約3割を占めています。先のG7気候・エネルギー・環境大臣会合では、2035年までにCO2排出削減策を講じていない(Unabated)既存の石炭火力発電の段階的廃止に合意しましたが、G7で石炭火力の廃止目標年を掲げていないのは日本だけです。ここで問題になるのが「排出削減対策が講じられている/いない」の解釈です。産業革命前からの気温上昇を1.5℃に抑える対応(日本政府の見解ではアンモニアの混焼がここに含まれる)が取られているなら当面の石炭火力の利用は継続できる、とする日本と世界のギャップが広がっています。欧州連合(EU)が、環境規制がない国・地域からの輸入品に課金する制度(国境炭素税)の導入を検討していることを踏まえれば、日本の脱石炭への取組み姿勢は経済活動に大きな影響を与えることになります。第7次エネルギー基本計画で、日本が脱炭素化に消極的だと受け止られれば、企業の競争力にも影響が出ることになるでしょう。
2)水素・アンモニアは脱炭素に貢献しない
グリーン・トランスフォーメーション(GX)政策のもと、官民をあげて、石炭およびガス火力からの排出削減策としての燃料アンモニア・水素の利活用とCCS(二酸化炭素回収・貯留)の実施を進めています。2030年代前半にアンモニア混焼率を50%に引き上げることを目指していますが、現時点では技術的および経済的な実現可能性が低いと見られている上、科学的見地からは水素・アンモニアによる削減効果は低いと指摘されています。しかも発電技術が完成したとしても、水素・アンモニアのいずれの製造時に排出されるCO2の処理と調達の問題が残ります。製造時に排出されるCO2を回収できたとしても貯留できる適地は限られており、世界的に見ても成功例は少なく、かつ経済性も不透明です。国の支援のもとでCCSを前提として燃料アンモニア・水素を利用し、化石燃料による火力発電を続けることは、脱炭素に貢献しないばかりか、水素・アンモニア製造とCO2処理費用(CCSコスト)の増加分が電力料金に上乗せされれば、電力消費者の負担は増大します。
3)再生可能エネルギーの拡大が急務
日本の再生可能エネルギーの割合は、年々少しずつ増えていますが、まだまだ足りていない上に、出力抑制(火力を優先させるために再エネの発電を止めること)が増加しています。世界各国と比較しても再生可能エネルギーの導入が遅れている状況なので、火力発電の割合の縮小と同時に再エネの大幅拡大が必要です。COP28の成果文書にもりこまれた再生可能エネルギーを「2030年までに発電容量を世界全体で3倍にする」という目標に対し、日本がどのようにして貢献するのか、現時点でまったく見えていません。第7次エネルギー基本計画で明確な目標を掲げ、再エネの拡大および接続の優先化に取り組む必要があります。
4)エネルギーの安定供給と安全保障
岸田首相は3月の記者会見で、「エネルギーの輸入によって海外に数十兆円が流出している現状は変えなければならない」、「脱炭素につながり、国内で稼ぐ力を強くするエネルギー構造に転換していくため、国家戦略の実行が不可避」として、経済安全保障の観点からエネルギー政策の重要性を強調した上でエネルギー基本計画改定に着手する考えを述べています。しかし、エネルギーの安定供給を重視するあまり、経済合理性の低いCCS/CCUSを前提に、排出削減効果の低い水素・アンモニアを国外から輸入する策を推進することは、エネルギー安全保障上の改善になりません。さらに、脱炭素社会の実現に向けた国内の公正な移行を妨げることが危惧されます。
第6次エネルギー基本計画は、2021年の7月に素案が公表され、その後パブリックコメントに付されましたが、大幅な変更はなく、素案がほぼそのまま採用される形で閣議決定されました。今回、2050年に向けた国のエネルギー政策を左右する第7次エネルギー基本計画の策定に対しては、政策決定者および関連事者、限られた審議会メンバーだけで決めるのではなく、さまざまな立場の専門家や環境団体、市民の参加による政策決定プロセスがとられるよう、各方面から声があがっています。岸田政権に「国民の声を聴く力がある」ことを今こそ示してほしいものです。
参考情報
エネルギー基本計画(気候ネットワーク)
「エネ基」って何?~2024年のビッグイシュー:日本のエネルギー政策を考える(FoEジャパン)
エネルギー基本計画、見直し開始:民主的な気候・エネルギー政策の国民的議論を求めるアクション実施(350.org Japan)
ワタシのミライ 2024 気候危機を止めるために今年できること!
ワタシのミライ:意見書を提出「エネルギー政策に市民の声を!」
関連ニュース
【ニュース】2033年度に石炭火力が29%を占める見通し―OCCTOが電力供給計画を公表(リンク)
【ニュース】日本の水素戦略は本当に脱炭素につながってる?(リンク)