国際エネルギー機関(IEA)は2025年11月12日、世界のエネルギー情勢に関する年次報告書「世界エネルギー展望2025(World Energy Outlook 2025)」を発表しました。この報告書は、AI(人工知能)とデータセンターの爆発的な需要増が先進国を含む世界の電力消費を押し上げていること、そしてエネルギー移行に伴い「重要鉱物」のサプライチェーンが新たな安全保障上の課題として浮上していることを強く警告しています。
また、2024年が観測史上初めて世界の平均気温上昇が1.5℃を超えた年となったことを受け、気候変動目標の達成は一層厳しくなっている一方で、温室効果ガスの排出削減に向けた取組の勢いが以前よりも弱まっていることへの懸念が示されました。
世界の石炭需要は2000年以降ほぼ倍増し、2024年には過去最高の60億9000万トン相当に達しており、そのうちの約3分の2が発電部門で使われています。先進国の電力部門における石炭需要に限定すれば、2015年以降40%減少しており、老朽化した石炭火力発電所が段階的に廃止されるにつれ、2035年までにはさらに35%減少し、石炭の使用量は2035年までに約45%減になると見込まれています。IEAの現行政策シナリオ(CPS)では、石炭の需要は再生可能エネルギーの導入拡大により減少傾向に入るとしつつも、その減少ペースは緩やかであり、中国やインドなど新興国の動向に大きく左右されると分析しています。
「電力の時代」と「重要鉱物」
IEAは、今後のエネルギーの未来を予測する複数のシナリオ(現行政策シナリオ:CPS、公表政策シナリオ:STEP、2050年ネットゼロシナリオ:NZE)を示しています。これらのシナリオで共通して見られる重要な動向がいくつかあります。
第一に、「電力の時代(Age of Electricity)」の到来です。すべてのシナリオにおいて、電力需要はエネルギー全体の需要よりもはるかに速いペースで増加します。冷暖房、電気自動車(EV)、そして特にデータセンターとAI関連事業の爆発的な需要の増加がこれを牽引します。IEAは、データセンターへの投資額が、2025年には世界の石油供給に費やされている額を上回ることになるだろうと試算しています。
しかし、IEAは「電力の時代」において、新たな送電網、蓄電設備、その他の電力システムの柔軟性向上に向けた取り組みへの遅れが深刻なボトルネックになっていると強く警告しています。発電設備への投資は2015年以降、約70%増の年間1兆USドルに達しているのに対し、送配電網(グリッド)への年間支出は4000億USドルと、半分以下のペースに留まっています。この影響が系統接続の混雑状況を悪化させ、新しい発電リソースや需要への接続の遅延や、電力価格の上昇を引き起こしています。
第二の共通点は、「重要鉱物(クリティカルミネラル)」の供給網の脆弱性です。電力網、バッテリー、EVに不可欠なだけでなく、AIチップやジェットエンジン、防衛システムなどさまざまな戦略的な産業においても重要な役割を担っているこれらの鉱物は、その精製プロセスが特定の国(特に中国)に極度に集中していることが問題視されています。IEAは、エネルギー関連の戦略的鉱物20種のうち19種の主要な精製国は中国であり、その市場シェアは平均約70%に達すると指摘。2025年11月現在、これらの戦略的鉱物の半数以上が何らかの輸出規制の対象となっており、IEAは供給網の多様化と強靭化に向けた強力な政策努力が求められると示唆しています。

エネルギー需要の中心はアジアの新興国へ
レポートはまた、世界のエネルギー市場の「中心地」が、これまで2010年以降の電量需要増加の60%を占めてきた中国から、インド、東南アジア、中東、ラテンアメリカ、アフリカ諸国などの新興経済国へとシフトしていることを強調しています。
また、新たな需要の地理的分布を世界のエネルギー資源分布に重ね合わせると、2035年までのエネルギー消費の伸びの約8割が、太陽光発電に非常に適した地域で生じると予測されており、今後のエネルギー転換の地理的な様相が大きく変化することを示唆しています。
エネルギー源別の見通し:再エネは拡大、LNGは供給過剰懸念
各エネルギー源の見通しについては、シナリオによって異なるものの、いくつかの共通した傾向が示されました。

再生可能エネルギー: 太陽光発電(PV)を筆頭に全てのシナリオで他のどのエネルギー源よりも速く成長します。新たな技術導入により、2024年には23年連続で導入量の新記録を更新しました。
原子力: 20年以上の停滞期を経て、原子力への投資が復活しています。従来型プラントと小型モジュール炉(SMR)を含む新たなプラントの設計への投資が増加しており、2035年までに世界の原子力発電容量は少なくとも3分の1増加すると予測されています。
天然ガス(LNG): 2025年に最終投資決定が下された新規LNGプロジェクトが急増し、今後数年間のLNG供給増加に拍車がかかることで、国際価格は下落すると見られています。2030年までの稼働開始が予定されている新たな年間輸出力は前例のない規模に達し、世界のLNG供給量は50%増加する見込みです。これらの約半分は米国で建設されているもので、次にカタール、カナダが続いています。一方、IEAは「新たに供給される全てのLNGがどこへ向かうのか疑問が残る」とし、供給過剰のリスクを示唆しています。
石油: CPSシナリオではLNGとともに石油の需要が2050年まで増加を続けるとしていますが、各国の政策実行を前提とするSTEPSシナリオでは、石油の使用量は2030年頃に横ばいになると予測されています。
石炭需要のゆくえ
報告書によると、2024年は石油、天然ガス、そして石炭の消費量がすべて過去最高を記録しました。
特に石炭は、2019年以降、主に中国の需要に牽引される形で、次に成長の速い化石燃料である天然ガスと比べても1.5倍の速さで需要が増加しました。IEAは、これがエネルギー関連のCO2排出量が過去最高(年間38ギガトン)に達した主な理由であると指摘しています。
世界の石炭需要の約3分の2は発電部門で使われていますが、石炭市場の動きは中国、インド、インドネシア、その他の東南アジア諸国といった少数の主要な新興国・発展途上国によって決定づけられています。一方、先進国の石炭需要は減少しています。こうした状況を踏まえ、IEAは、世界の石炭需要の約半分は新興国および発展途上国における発電に利用されており、今後の見通しはこれらの国々の電力需要、再生可能エネルギーの現在の勢いが持続するか否か、そしてLNGが競争力のある価格設定で市場に食い込めるか否かによって大きく左右されると強調しています。
IEAが提示する各シナリオにおける石炭需要の予測は次の通りです。
CPS(現行政策シナリオ)
現在の政策が継続する場合、石炭需要の減少は2020年代の終わり頃までに始まりますが、そのペースは緩やかです。さらにIEAは、このシナリオにおいて、もし送電網の統合がうまく進まず太陽光や風力発電の導入が停滞した場合、石炭需要は高止まりし、減少がさらに遅れるリスクがあると警告しています。

STEPS(公表政策シナリオ)
各国政府がすでに公表している政策や目標が実行される場合、新興国での再生可能エネルギーの導入(年間平均600GW以上)が後押しとなり、世界の石炭需要は着実な減少傾向に入ると予測されます。このシナリオでは、石炭需要はすでにピークを迎えたことになります。
NZE(ネットゼロ排出シナリオ)
21世紀半ばのネットゼロ達成を目指す最も野心的なシナリオでは、石炭需要は他の化石燃料とともに急速に減少していきます。
厳しさ増す「1.5℃目標」
気候変動に関しては、極めて厳しい見通しが示されました。2024年にエネルギー関連CO2排出量が過去最高を記録し、世界の平均気温上昇が初めて1.5℃を超過したことを受け、IEAは「1.5℃目標の一時的な超過(オーバーシュート)は、もはやどのシナリオでも避けられない」と結論づけました。
現行政策シナリオ(CPS)では2100年までに約3℃、公表政策シナリオ(STEPS)でも2.5℃の気温上昇が見込まれています。
ネットゼロ排出シナリオ(NZE)でさえ、数十年にわたり1.5℃を超過し、その後、現時点では大規模に実証されていないCO2除去(CDR)技術の広範な導入によって気温を1.5℃未満に戻すという、困難な道筋が示されています。
まとめ
本報告書は、温室効果ガス排出量を大幅に削減でき、費用対効果も高い選択肢として、風力、太陽光、水力、地熱、原子力などの低排出技術の普及促進、エネルギー効率の向上、最終用途の電化促進、そして電化が実現不可能な場合に限定した低排出水素などの持続可能な燃料の利用やCO2回収・利用・貯留(CCUS)技術の活用といった対策を挙げています。STEPSシナリオでは、COP28で目標とされた2030年までに再生可能エネルギーの容量を3倍にするという目標達成に大きく近づき、再生可能エネルギーが2022年比で2030年に2.6倍にまで増加する予測が示されています。
石炭火力からの移行を含む、再生可能エネルギーの導入加速やエネルギー効率の改善が急務であることが改めて示されたと言えます。
参考
IEA Report: World Energy Outlook 2025
IEA PR: As risks multiply in a world thirsty for energy, diversification and cooperation are more urgent than ever
作成・発行:国際エネルギー機関(IEA)
発行:2025年11月12日
