脱石炭への「公正な移行」を支えるのは、一人ひとりの意思表示。


辻井隆行

ソーシャルビジネスコンサルタント/元パタゴニア日本支社長

少し唐突ですが、1933年に生まれた僕の父は、国民学校六年生の時に(第二次世界大戦の)終戦を迎えました。学童疎開先だった福島県での思い出は、空腹に関することばかりだそうです。離れ離れになっていた両親と久しぶりに再会したのは、生まれ育った京都ではなく東京でした。大空襲の傷跡も生々しく、掘立て小屋が立ち並ぶ、今では想像もつかない姿だったそうです。
そういう時代背景の中、多くの先達が国の復興のために身を粉にして働きました。その恩恵を受けて、幸運にも、僕自身は物質的な不自由さをほとんど感じることなく大人になることができました。その頃の日本は、経済成長を通じて、焼け野原となった国の再建をはかる必要があったのです。その成長を支えた一つの大切な技術が火力発電であり、石炭は重要な原料の一つであり続けました。

けれども、社会の要請は明らかに変わりました。ブルントラント委員会の最終報告書Our Common Future(我々共通の未来)の言葉を借りれば、僕たちが、今、考えなければならないことは、「将来の世代が自らのニーズを満たす能力を損なうことなく、現在のニーズを満たす」こと、つまり、「持続可能性」です。そのためには、これまでもそうしてきたように、現時点で最良だと考えられる技術にリソースを投じることが大切です。

サウジアラビアの元石油相であるヤマニ氏は、「石器時代が終わったのは、石がなくなったからではない(青銅器の方が優れていると分かったからだ)」と述べたと言われています。(賛同の声で)夫馬賢治さんもコメントされていますが、再生可能エネルギーは、コスト的にも、環境負荷的にも、明らかに既存エネルギーよりも優れており(少なくともポテンシャルを持っており)、石炭火力からの卒業は世界の既定路線です。

翻って、エネルギーの8割近くを化石燃料に依存している日本社会の文脈を考えるときに大切なのは、これまで僕たちの生活を支えてくれた石炭火力発電所で働く方々と一緒に、どうやって新しい社会システムに移行するかを考えることだと思います。(同じく賛同の声で)中村涼夏さんがコメントされているように、「公正な移行」が重要なのです。

そのためには、企業と政治(行政)が一体となって進む必要がありますが、それを支えるのが一人ひとりの意思表示です。100%の正解はありません。やってみなければ分からないことだって多い。でも、今の路線を進めば大変なことになるのは明らかです。だから、確信が持てなくても自分の考えを口に出してみる。そこで新しい発見があったら、また考えを深めてみる。みんなで声を上げて、意見を交わすことが、未来に向かって前進するための推進力になると信じています。


プロフィール

早稲田大学大学院社会学科学研究科(地球社会論)修士課程修了。1999年から2019年までパタゴニア日本支社勤務。現在はソーシャルビジネスや一般社団法人などの支援を続ける。2015年より、長崎県の石木ダム建設計画見直しを求める活動(http://change-ishiki.jp/)を通じて、市民による民主主義の重要性を訴える。