【ニュース】韓国の「脱石炭」を支える市民社会


韓国は2025年11月のCOP30開催期間中に脱石炭国際連盟(PPCA)への加盟を発表し、脱石炭へ向かう断固たる姿勢を世界に示しました。これまで日本と同様にアンモニア混焼を推進し、石炭火力発電の延命を図ってきた韓国が、これほど大きな方針転換を遂げた背景には、韓国での市民社会の動きがありました。本記事では、同国での市民社会の動きを紹介します。

※この記事では、韓国の気候政策を市民社会の立場から牽引してきた二人の専門家、ユン・セジョン氏(Plan 1.5)とチョン・セヒ氏(SFOC)が、2025年12月23日に気候ネットワークが開催したウェビナー『なぜ韓国は「脱石炭」へ舵を切れたのか?~市民社会が動かしたNDC引き上げと脱石炭国際連盟への加盟~』で報告した内容をもとに、韓国の事情を紹介します。

◆憲法裁判所の「違憲判決」を武器に、2035年目標(NDC)を押し上げる

司法が認めた「将来世代の権利侵害」

2024年8月、韓国の憲法裁判所は、韓国政府の気候対策(カーボンニュートラル法)が「2030年以降の温室効果ガス排出削減目標を設定していない」点において、将来世代の権利を侵害しており違憲であるとの判断を下しました。裁判所は「削減目標は科学的事実に基づき、国際基準に則ったものでなければならない」と明示したのです。この歴史的な「違憲判決」により、国会は2026年2月までにカーボンニュートラル法の改正を行う義務を負うこととなりました。

「2035年までに65%削減」を社会の合言葉に

市民社会は、政府が国連に提出する2035年NDCの議論においても、憲法裁判所の判決を無視できない状況となった好機を逃さず行動を開始。1.5℃目標に整合し、先進国としての韓国の責任を考慮した「2035年までに65%削減」という具体的な数字を共通の旗印に掲げ、140以上の団体が連携して大規模なキャンペーンを展開しました。新政権への要望書提出に加え、政治的決定のためには世論の支持も必要と考え、メディアやSNS、大型ビルボード広告、大規模な気候マーチなどの活動を通じて、NDCとは何かの理解を広げ、排出削減目標を65%とすることへの支持をを高めていきました。

同じ頃、韓国の国会では「カーボンニュートラル法」に関連する5つの法案が提出されました。その全ての法案が、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が掲げるよりも高い2035年の削減目標を掲げており、特に、そのうち2つの法案は、市民社会が求める65%削減を盛り込んだものとなっていました。少なくとも一部の国会議員には市民社会の要望が届いていたということです。

2025年9月には、政府がNDCの議論を始めました。2035年の目標を示すNDCは2025年9月末までに国連に提出することが求められていたとはいえ、国会で定める排出削減目標を踏まえたものであるべきです。市民社会は政府によるNDCの議論が先行することに対して法的な異議申し立てを行いましたが、その訴えは却下されNDCの議論が進みました。

気候エネルギー環境大臣が最初に示した2035年の排出削減目標の選択肢は、48%(「現実的」シナリオ)、53%(現状からの直線経路)、61%(IPCCの示す水準)、65%(先進国としての韓国の責任を反映)の4つでした。IPCCの示す61%のシナリオと共に、初めて公式に市民社会が求める65%のシナリオが政府から選択肢として提示されたのは喜ぶべきことですが、当初の削減目標を緩めることになる48%というシナリオが残っていたのは論外でした。

9月以降、複数回のパブリックコンサルテーションセミナーやさまざまなセクターとの公開討議が開催されましたが、産業界の代表者たちは温室効果ガス(GHG)排出削減の難しさやコストの話に注力するばかりで、気候変動の影響や将来世代の負担についてはほとんど議論されませんでした。

議論の成果と課題

韓国政府が11月にブラジルで開催されていたCOP30で発表した2035年のNDCは、「53〜61%」と幅を持たせたものでした。市民社会が求めた65%には届かず、依然として低い方の53%に焦点が当てられているといった課題は残りました。しかし、憲法裁判所の判決や市民社会の働きかけがなければ目標は48%程度に留まっていた可能性があり、61%という数字が正式な選択肢に入ったことは気候訴訟と市民運動の大きな成果と言えます。

韓国の排出権取引制度(K-ETS)

韓国の排出量取引制度(K-ETS)は、既に10年にわたって運用されてきました。韓国の総排出量の73%をカバーしていますが、炭素価格が低すぎる等、課題も抱えています。K-ETSはキャップ&トレードの仕組みであり、全体の排出量は国の排出削減目標(NDC)によって制限されるため、NDCが低いと効果が出ません。韓国はNDCが低かったため、過剰な排出枠を得た鉄鋼や化石化学業界は、余剰の排出枠を売って4億ドルもの利益を得ました。産業部門のほとんどが無料で排出枠を与えられ、排出削減のインセンティブが働かなかった点も問題でした。政府はK-ETSの問題を認識しており、2026年からの第4フェーズでは、排出枠の削減や炭素価格の上昇など若干の改善が図られると見られています。この制度も含めたさまざまな取り組みを通して、韓国はより高い目標に向けて排出削減を進めていくと期待できます。

◆「地方」が国を包囲する:石炭フェーズアウトへの包囲網

地方自治体の動きが圧力に

韓国の脱石炭は、中央政府ではなく、2018年にアジアの地方自治体として初めてPPCAに加盟した忠清南道(チュンチョンナムド)などの地方自治体が主導する形で始まりました。忠清南道には韓国の石炭火力の約半数が集中していますが、環境面・社会面で大きなコストを払うという矛盾を抱えていました。忠清南道はPPCA加盟の翌2019年に東アジアの自治体で初めて気候緊急事態宣言を発し、政府より1年早く2050年カーボンニュートラルを宣言しました。その後も忠清南道は脱石炭の年次会議を開催し、脱石炭への取り組みを継続しています。会議には国内外から参加者が集まり、各地の事例を紹介するなど活発な議論を通して国の気候変動政策議論の先駆けとなっています。

忠清南道に続いて7つの自治体がPPCAに加盟しました。この7つの自治体にある石炭火力発電所は、韓国国内の石炭火力の8割に及びます。こうした自治体の動きをカバーする規模になったことが、最終的に中央政府を動かす強力な圧力となりました。

国際社会の脱石炭の動きを国内に

国際的な圧力も、韓国の脱石炭の決定を後押ししました。PPCAが発足したCOP23(2017年ドイツ)では、本会議で誰も石炭火力に言及しませんでした。しかしCOP26(2021年英国)では、石炭火力は政治的に避けられないトピックとなり、排出削減を講じていない石炭火力のフェーズダウン(段階的削減)が合意されました。一部の国の反発によって石炭火力のフェーズアウト(段階的廃止)への合意には至りませんでしたが、石炭火力がテーマの中心になったことは確かです。このとき、韓国政府は国内の地方自治体や各国の気候大使からPPCA加盟を迫られました。韓国は2021年に、海外の石炭火力への公的融資を制限しています。
韓国政府は、地方自治体や国際社会から脱石炭を目指すよう繰り返し働きかけられてきたわけですが、国内外からのプレッシャーと、こうした動きを市民社会がメッセージとして広げることで国内の脱石炭の動きを加速させてきたのです。

これからの動き-「公正な移行」に向けて

今後、韓国政府は自ら表明した脱石炭の方針を実行に移さなければなりません。政府は2040年までに現在稼働中の61基のうち24基を廃止する計画を示し、残りについてもこれから議論するとしています。既に石炭火力へのアンモニア混焼への支援を止めると発表したことも含め、脱石炭を進めていく姿勢は明白です。
石炭火力の早期廃止において「公正な移行」を実現するためには、移行に係る費用の試算など、具体的なファイナンスの議論も重要です。まだ稼働年数の少ない(2030年時点で稼働年数が20年に満たない20基)石炭火力には、廃止に向けた支援(移行資金)が必要です。韓国の市民団体SFOCは、国内全ての石炭火力を2035年までに廃止するには13億ドル、2030年までに廃止するには49億ドルの移行資金が必要と試算しています。

※※※

韓国の事例は、「司法の判断(気候訴訟)」「地方自治体の先駆的な動き」「科学的根拠に基づいた市民の連帯」という3つの要素が噛み合った時、保守的なエネルギー政策であっても劇的に動かせることを証明しています。しかも、韓国の市民団体は「Korea Beyond Coal(脱石炭)」から対象を広げ、「Korea Beyond Fossil Fuel(脱化石燃料)」キャンペーンとして、石炭火力の廃止だけでなく、天然ガスへの安易な転換やアンモニア混焼といった「脱炭素の骨抜き」を防ぐための戦略的な提言を行っています。アンモニア混焼や石炭火力の維持を巡る議論が続く日本にとって、韓国市民社会が辿ったこのプロセスは、今後の排出削減目標の見直しや、脱石炭の道筋を描く上で極めて重要な指針となるでしょう。

韓国の市民社会の取り組みについてより詳しく知りたい方はー
気候ネットワークのウェブサイトでは、ウェビナーのアーカイブ動画を公開しています。
市民社会がどのように韓国の脱石炭に向けた動きを後押ししていったのか、より詳しい舞台裏を知りたい方はぜひ動画(日英通訳あり)をご覧ください
ウェビナー情報へのリンク 

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