国際エネルギー機関(IEA)が、「2024年世界エネルギー見通し(World Energy Outlook 2024)」を公表しました。石油とLNGの供給量が今後も増加するとの見通しから先行きの不透明感が強いとしつつも、化石燃料の需要は2030年にはピークに達すると予測した上で、IEAのビロル事務局長は、世界は化石燃料の時代から『電気の時代』に移行するとの見方を示しました。エネルギー安全保障については、中東やロシアでの紛争といった地政学的な緊張や情勢不安は、引き続き世界にとって大きなリスクであると懸念しています。
地政学的リスク
本レポートは、ウクライナや中東での緊張や分断などの地政学的リスクがエネルギー安全保障および排出削減に向けた協調行動にとって大きなリスクであり、そのリスクが継続していることを強調しています。さらに、地政学的リスクは化石燃料市場だけでなく、クリーンエネルギーへの移行を進める際、サプライチェーンにも影響すると見ています。
エネルギー安全保障のリスクと気候変動対策を切り離して考えることはできず、新しいエネルギーシステムを構築することが急務であると強調しています。
再生可能エネルギーの拡大
クリーンエネルギーは前例のない速さで拡大しています。2023年には560GW強の再生可能エネルギーが新たに追加されていますが、再エネの導入は技術や国によって一様ではありません。とはいえ、クリーンエネルギーへの投資額は毎年2兆ドルに迫る勢いであり、新規の化石燃料供給に費やされる額のほぼ2倍に相当します。新興国や発展途上国でのエネルギー需要は高まっていますが、再生可能エネルギーへの移行が進んでいるということは、10年後までに追加的な化石燃料によるエネルギーを使用することなく、世界経済は成長を続けられることを示しています。
化石燃料の需要は頭打ち
IEAは、クリーンエネルギー拡大の勢いは2030年までに化石燃料(石油、石炭、ガス)の需要をピークアウトさせるのに十分な力がある、つまり2030年までに世界の電力の半分以上は低炭素排出電源で賄われると予測しています。記録的なクリーンエネルギーの導入にもかかわらず、2023年の世界のエネルギー需要の増加分の3分の2は化石燃料で賄われ、エネルギー関連のCO2排出量は過去最高を更新しました。しかし、クリーンエネルギーの成長と世界経済の構造の変化が、エネルギー需要全体の伸びを抑制し始めており、2030年以降の世界のエネルギー需要の継続的な増加は、クリーンエネルギーだけで満たすことができるとしています。
世界の電力使用量は、過去10年以上、エネルギー需要全体の2倍の速さで伸びていますが、この過去10年間に増加した電力需要の3分の2は中国によるものです。今日、中国の動きを無視してエネルギーの話をすることはできません。中国では太陽光発電が急速に拡大しており、2030年代初頭には、中国の太陽光発電による供給電力だけで、現在のアメリカの送電量需要を上回る可能性があるとも言われています。
現行のエネルギー政策に基づく公表政策シナリオ(STEPS)*では、再生可能エネルギーによる発電容量が現在の4,250GWから2030年には10,000GW程度まで増加すると見越しています。この量はCOP28で約束された再エネを3倍にする目標には届かないものの、世界の電力需要の伸びを賄い、石炭火力を廃止に追い込むには十分な量となります。STEPSでは、再生可能エネルギーを3倍に増加できれば、2023年の総エネルギー需要に占める化石燃料の割合(80%)は2050年には58%まで減少すると見ていますが、まだ十分ではありません。一方、各国が脱炭素化に向けた表明済みの政策を実行するシナリオ(APS)では、2035年までにクリーンエネルギーが世界のエネルギー需要の40%を超え、2050年までには全体の4分の3に達する可能性があると想定し、2050年までに世界がネットゼロ目標を達成するとのシナリオ(NZE)では2050年にクリーンエネルギーが世界のエネルギー需要の90%を満たすと想定しています。
ただし、再エネの拡大については、発電設備への投資だけでなく、送配電門などのインフラへの投資や政策的な後押しが必要であるとも指摘しています。
STEPSにおける2010-2035年の世界の発電量推移
CO2排出量
エネルギー転換が進んではいますが、世界の平均気温は今世紀末(2100年)までに2.4℃上昇し、パリ協定の1.5℃目標を大きく上回ることになる可能性が懸念されています。現在の政策に基づけば、世界のCO2排出量はまもなくピークを迎えることになりますが、排出が止まったとしても大気中のCO2が急に減少するわけではありません。エネルギー市場と地球にとってどのような結果をもたらすのかは、消費者の選択と政府の政策がどのように展開されていくかにかかっています。
1950-2023年のエネルギ―関連のCO2排出量と世界の平均気温の推移
LNGについて
LNGについては、年間約2,700億立方メートル(bcm)の新規LNG生産能力が承認されており、発表されているスケジュール通りに進めば、2030年までに操業が開始され、世界の供給量が拡大することになります。既存のLNG輸出能力と建設中の新規能力は、STEPSの2040年までの需要を十分に満たすため、短期的にはこれ以上のLNG計画は必要ないと示唆しています。以前のように長期引取契約での取引を義務付けられているバイヤーは少なくなっているので、建設中のLNG容量の約3分の1は販売契約が確立できていません。どの市場やセクターに、こうした追加的なガス量を吸収する能力があるのかについては、不確実性が高いと分析しています。
STEPSの予測よりも低いガスの需給均衡化価格の設定、電力需要の増加、さらにエネルギー転換の遅れがなければ、ガス市場が2030年以降もLNGの新規供給を吸収して成長を続けることは難しいとしています。また、APSやNZEシナリオで予測されているような世界的なエネルギー転換の加速や、ロシアと中国の大規模な新規ガス供給計画のような不確実要素は、LNGの供給過剰を悪化させる要因になるとも指摘しています。
電気の時代へ~2050年ネットゼロに向けて
本レポートによれば、現在の政策決定に基づく予測では、今後数年間は地政学的リスクが続く一方で、2020年代後半には石油とLNGの供給過剰が顕在化するとともに、太陽光発電や蓄電池をはじめとする一部の主要なクリーンエネルギー技術の製造能力が大幅に過剰になることが見込まれるとしています。ビロル事務局長は、世界は近年経験したのとは全く異なるエネルギーの世界に移行することになり、産業革命以降「石炭・石油の時代」だったのが、今後は「電気の時代」になると発言しています。
なお、最近注目されているデータセンター拡大による電力需要の増加については、地域的な電力市場への影響はあるものの、世界全体ではデータセンターの電力需要増加が2030年までの電力需要全体に占める割合は比較的小さいと見ています。それよりも、異常気象による熱波や気温の高い時期が長引くことにより、エアコンの使用が増えることによって電力需要が予想を上回る変動が生じることを懸念しています。
世界はまだネットゼロの目標に沿った軌道からはほど遠い状態です。電力の脱炭素化を進め、2050年ネットゼロを目指し、化石燃料からの脱却というCOP28で掲げた目標を達成するためには、あらゆる行動が必要です。より安全で持続可能なエネルギーシステムへの移行を加速・拡大するためには、より強力な政策と大規模投資の必要性が高まっています。現在、日本では再生可能エネルギーの普及拡大に不可欠なインフラの整備や再エネを優先的に接続するための政策が追いついていない状況です。IEAのレポートでも電力部門の確実な脱炭素化を図るために、これらへの投資を増やす必要性が強調されていたように、再生可能エネルギーを成長させるためには、電力部門における投資を送電網と蓄電池に振り向けることが不可欠です。
日本政府はGX政策の下で、石炭火力の温存とガス火力の新増設を進め、排出されるCO2をアジア諸国に輸出して処理すること(CCS事業)を想定しています。エネルギー安全保障の観点を無視した政策のもと、いつになったら持続可能なエネルギーシステムに移行できるのでしょうか。
*IEAの3つのシナリオ
World Energy Outlookは、世界のエネルギー・ミックスに関する2050年までの見通しを次の3通りのシナリオで解説している。
- STEPS(Stated Policies Scenario):世界で公表・発表されているエネルギー政策、政策イニシアティブ等を各国政府が政策に反映したと仮定する「公表政策シナリオ」
- APS(Announced Pledges Scenario):各国政府の誓約目標が期限内に完全に達成されることを仮定した「発表誓約シナリオ」もしくは「表明公約シナリオ」
- NZE(Net Zero Emissions by 2050 Scenario):2050年までに世界がネットゼロ目標を達成すると仮定する「2050年実質ゼロ排出量シナリオ」
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IEAは、World Energy Outlook 2024の公開に先立ち、10月3日に天然ガスの供給状況に関する報告書「Global Gas Security Review 2024」を発表しています。このレポートによると、2024年の世界のガス需要は、アジア市場の急成長により、前年比2.5%以上増加し、過去最高の4兆2,000億立方メートルに達すると見込まれています。ガス需要の増加分の約45%をアジア太平洋地域が占め、需要を引き上げている要因としては産業とエネルギー時給による利用が挙げられています。また、パナマ運河や紅海を通行するガス供給に懸念が生じていることを指摘しています。
Natural gas demand growth picks up in 2024 amid uncertainties over supply(リンク)
関連リンク
IEA Press Release:Geopolitical tensions are laying bare fragilities in the global energy system, reinforcing need for faster expansion of clean energy
Report Download page:World Energy Outlook 2024
作成・発行:国際エネルギー機関(IEA)
発行:2024年10月16日