【ニュース】日本学術会議が提言で火力発電の延命技術への懸念を表明


日本の科学者の内外に対する代表機関である日本学術会議は2025年10月27日、気候危機に対処するため、「産官学民の総力の結集」を求める提言を公表しました。この提言は、「循環経済を活かし自然再興と調和する炭素中立社会への転換」をテーマとし、かつてない規模の社会の変革が必要であることを強調しています。

今回の提言は、日本学術会議の「循環経済を活かし自然再興と調和する炭素中立社会への移行に関する検討委員会」が中心となり審議の結果をまとめたものです。背景には、国際的な枠組みであるパリ協定の目標や、日本政府が今年2月に、2040年度の温室効果ガス排出削減目標である次期NDC(国が決定する貢献)を国連に提出したことがあります。

日本学術会議の提言は、2024年に世界の平均気温が観測史上最高を記録し、気候変動の影響が既に顕在化している現状を直視し、対策加速の処方箋を示すべき段階にあると指摘しています。

具体的な内容としては、進行する気候変動に対する危機意識の共有、2050年目標達成に向けた社会実装計画の策定、地域に根差した産官学協調の推進、および政策における学術の役割の強化が挙げられています。特に、炭素中立(カーボンニュートラル、以下CNと略記)と循環経済(サーキュラーエコノミー、以下CE)、自然再興(ネイチャーポジティブ、以下NP)の三つの柱を同時に達成するための戦略的整理と、複合的課題群の俯瞰的解決の必要性が強調されています。

火力発電の延命技術には懸念を表明

提言は、CNの実現に向けて、既存産業の継続を前提としたうえで技術的対応を進めるのか、産業構造の大幅な転換まで見据えるのかは、取るべき施策の分岐点だとの見解を示しています。そして、化石資源への依存度がより低い産業の育成や公正な移行を具体的にどう実現するかが課題であるとしました。

そのうえで、移行・転換を進める際、耐用年数が残る従来技術・設備を使い続ける慣性力が働きがちであることに注意を向けています。例として、火力発電におけるアンモニア混焼を挙げ、発電量当たりのCO2排出量を低減させるとしても、国際的に批判の多い石炭火力発電を延命させ、転換を遅らせる懸念があるとの見方を示しました。

また、残存する火力発電の利用継続には、 CO2 の回収・利用・貯留(CCUS)のシステム開発と社会実装が必要である一方、日本のような地震多発国においては、安全性に関する慎重な検討が不可欠だと強調しています。

水素エネルギーについては、需給調整機能に加えて、脱炭素化が困難な産業分野における熱源確保の手段としても期待されている一方、水素の製造過程や海外からの輸送による温室効果ガス排出等、ライフサイクル全体での評価が求められるという課題を挙げています。

提言の内容

日本学術会議の提言「気候危機に対処するための産官学民の総力の結集-循環経済を活かし自然再興と調和する炭素中立社会への転換-」の内容と、各項目に書かれている取り組むべきことを抜粋しておきます。

  1. 危機意識の共有の加速
    予想より早く進行する気候変動に対する国内外の対策を加速するために、危機意識を共有する。
  2. 社会実装計画の策定:
    2050年目標達成に向けた中間年のチェックポイントを強く意識し、部門、実施主体を明確にした上での対策の社会実装を計画的に進める。
  3. 地域に根差した産官学協調の強化
    限られた期間でCNを達成するため、日本の強みである産官学協調を活かし、地域の特性に応じた対策技術の迅速、かつ妥当な規模での実装が重要。学術界はこれまで以上に積極的に地域活動に関わる。。
  4. 学術界の社会的役割の再認識
    学術界は社会のニーズに合わせた研究を展開し、多様な基礎研究の継続、新たな学術の創出に加え、基礎研究から社会実装への道筋の明確化を先導する。また、情報技術の活用、学際的な知の連携、学術と社会をつなぐ人材を育成する。
  5. 三つの柱の同時達成戦略
    学術界は、CN、CE、NPとの間の共通利益と相反性(トレードオフ)の俯瞰的な整理を進め、同時達成に向けた戦略を示す。環境政策の三つの柱の同時達成に向けた成功事例を積み重ね、成功の鍵を共有していく。
  6. 複合的課題解決のためのガバナンス構築
    複数主体による問題の同時解決を目指し、政府だけでなく社会全体(産官学金労言等)で明確な役割分担の下にガバナンス体制を構築する。
  7. 地球規模と地域レベルでの持続可能性の両立に向けた総力の結集
    日本は、資源の循環利用や自然との共生を重視するCN社会への転換の理念や知見・技術を国際的に共有し、世界全体のCNに強いインパクトを与えると同時に、国内の課題にも気候変動対策の視点を組み入れることで、地球規模と地域レベル双方での持続可能性を高めるための総力を結集する。

今回の提言の核心は、日本学術会議が気候危機対策として、単なる技術的対応ではなく社会の「構造転換」を強く求めた点にあります。火力発電の延命策に懸念を示したことはその象徴と言えるでしょう。

日本学術会議 「気候危機に対処するための産官学民の総力の結集-循環経済を活かし自然再興と調和する炭素中立社会への転換-」(PDF