【ニュース】国際司法裁判所が気候変動は「差し迫った脅威」との勧告的意見を発表


2025年7月23日、国際司法裁判所(ICJ)が、気候変動は「差し迫った脅威」であり、各国は「誠実に協力する責務がある」との勧告的意見を発表しました。ICJは、「世界の法廷」とも呼ばれる国際連合の主要な司法機関であり、国連総会などの要請に基づき、特定の法律問題について勧告的意見を採択することができます。今回の勧告的意見の発表は、2023年3月にバヌアツが主導する活動に端を発した国連総会決議の要請に基づくものです。国際司法の場で、気候変動対策をしないことは国際法上の不法行為になりえる、つまり化石燃料を使い続けることは許されないとの見解が示されたことには大きな意義があります。

経緯:これまでの流れ

2023年3月 132カ国がICJに共同提案
温暖化による海面上昇によって国家の存続が危ぶまれる島嶼国バヌアツが活動を主導し、日本を含めた132か国が賛同する共同提案として総会次案が採択された。

決議にてICJの見解を求めたポイントは以下の2点。
①国家および、現在と将来の世代のために、人為的な温室効果ガス(GHG)の排出から気候システムおよび環境を確実に保護するため、国家は国際法に基づきいかなる義務を負うか
②これらの義務の下で、作為あるいは不作為によって国家が対策をせず、気候システムおよび環境に重大な損害を生じさせた場合、以下の国々あるいは人々にどのような法的結果をもたらすか
a)地理的状況や開発レベルにより、気候変動の悪影響として被害や影響を受ける、あるいは特に小島嶼開発途上国(SIDS)を含めた脆弱な状況に置かれている国々には?
b)気候変動の悪影響を受ける現在および将来世代の人々と個人には?

2024年12月 ICJが公聴会を開催
ICJは勧告的意見を採択するかの評議を行うべく、気候変動問題に関する国際法上の国家の義務についての見解を聞くための公聴会を開催。公聴会では96の国家と11の国際組織が口頭陳述を行った。新たな規制につながることをけん制する国がある一方で、温暖化による海面上昇で住民の生活が脅かされている島嶼国からは対応の強化が求められた。

2025年7月 勧告的意見が全員一致で採択
ICJにて裁判官15人の全員一致で勧告的意見が採択された。

背景:気候変動に関する国際的な取り組み

現在、国際社会はパリ協定の下、地球の温度上昇を産業革命以前と比べて1.5℃以内に留めようと取り組んでいます。パリ協定の締約国は、「国が決定する貢献(NDC)」の提出と削減に向けた措置の実施、さらに5年ごとのグローバルストックテイクによるNDCの見直しと新たなNDCの提出が求められています。2023年のグローバルストックテイクでは、各国が提出していたNDCでは1.5℃目標の達成には不十分であると指摘されており、2025年2月の新たなNDCの提出では、いっそう野心的な目標の設定が強く求められていました。しかし、どこまで目標を引き上げるかは各国に一任されている上に、達成も義務となっていません。世界で2番目にCO2排出量の大きな米国は、パリ協定からの脱退を表明しているので、新たなNDCは提出しておらず、トランプ政権の下でさらに排出が増えるかもしれません。国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)では、途上国への気候変動対策のための資金提供や「損失と損害(ロス&ダメージ)」に関する基金について議論されましたが、多数の課題が残されています。

温室効果ガスの排出量が少ない国の人々の方が影響に対して脆弱、かつ被害を受けやすいという現実があります。年々、気候災害が甚大化する中、気候変動の悪影響に曝されている人、今後曝されるであろう人を救うため、国連総会は勧告的意見を要請したのです。

国際裁判所による気候変動に関する勧告的意見の発出

2022年7月28日に国連総会は「クリーンで健康、かつ持続可能な環境へのアクセスは普遍的人権である」と宣言する決議を採択しており、国家は気候変動の悪影響から人々の人権を保護する義務を有するとの考え方の認識が広がってきています。

2024年5月21日には、国際海洋法裁判所(ITLOS)が小島嶼国委員会(COSIS)の要請に応え、国際裁判所としては初めて、国連海洋法条約に基づき気候変動に関してどのような義務が締約国に課されているかを明らかにする勧告的意見を公表しました。その内容は、国連海洋法条約が定める「海洋汚染」には温室効果ガスの排出も含まれ、条約締結国は排出削減や海面上昇に対処する義務を負うとするものでした。

2025年7月3日には、米州人権裁判所(IACHR)が、国際裁判所による気候関連の勧告的意見としては2例目となる気候危機と人権に関する勧告的意見(Advisory Opinion AO-32/25)を公開しました。この意見は、最新の科学的知見に基づき、気候変動がもたらす影響の規模はグローバルなレベルにおいて否定できないとして、「健全な気候」の享受は人権であると認めたものです。その上で気候危機における一般的な人権に対する義務の範囲に言及し、国家は気候変動の影響から人権を守るために必要な措置に逆行あるいは遅延、縮小させるようないかなる行為も行ってはならないとしました。

そして今回、ICJは気候変動を「緊急かつ、人類の存続に関わる脅威」と位置づけ、「清潔かつ健康的、持続可能な環境で生きることは人の権利」であるとしました。そして、気候変動には、パリ協定などの気候変動に関わる条約とともに、国際人権法、国際慣習法などが適用されるとの認識を示しています。国家の気候変動に関する義務は、国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)やパリ協定など特定の気候条約を超えた国際法に基づいて判断されると明確にしたことは、各国政府が法的責任を無視できないことを示すものです。

ICJの勧告的意見の意義

今回のICJの勧告的意見は、全体で140ページ、サマリー(要約)でも40ページに及ぶ壮大なものです。気候変動問題は、もはやCO2、温室効果ガス(GHG)の排出を規制するだけに留まらない問題となっています。空間的にも時間的にも広範に影響を及ぼすので、地球上のどこにいても、まだ生まれていない将来世代もその影響から逃れられません。こうした状況において、国家がパリ協定のような気候変動に特化した条約だけでなく、国際慣習法や国際人権法などに基づく義務を負うとICJが明らかに示したことには大きな意義があります。

さらに、各国は自国の管轄・管理下にある公的および民間事業者の行為に対しても責任があり、化石燃料の生産や補助金を抑制しない場合には、損害を受けた国から補償などの形で賠償請求される可能性があるとも指摘しています。

ICJは裁判所ですが、勧告的意見は「判決」ではないので、国家がこれに従わなければならないというものではありません。法的拘束力もないので「勧告」を受け入れる義務はありませんが、国際法における見解を示す機関の意見として、今後の気候訴訟 に大きな影響を与えるでしょう。国に気候変動対策の強化を求める交渉などにも影響する可能性があります。また、近年、日本の「若者気候訴訟」を含め世界各国で国の温暖化対策や温室効果ガスを排出する企業の責任を問う訴訟が起きていますが、今回のICJの勧告的意見はこうした訴訟にとって追い風になると期待できます。

勧告的意見の注目ポイント

この勧告的意見では、人為的な温室効果ガス(GHG)排出による気候変動の問題に対処する国家の義務は、気候変動枠組み条約(UNFCCC)、京都議定書、およびパリ協定に限定されず、人権法、海洋法、国際環境法、その他の国際規約にも準拠するとした上で、以下を含むさまざまな義務を挙げています。

  • 気候変動の対処は基本的人権を守る上でも重要である。国際法の下では、「清潔で健康的で持続可能な環境に対する人権は、他の人権を享受するために不可欠である」ことから、各国は環境を保護するため、特に気候システムを保護するために野心的な措置を講じなければならない。
  • 具体的な排出削減目標を達成するためには、各国は協力しなければならない。
  • 最良の科学的知見に基づき、すべての国は産業革命前からの気温上昇を1.5℃に抑えるための削減目標を定め、1.5℃目標達成に最大限の努力を払わなければならない。
  • 各国は、法整備を含めたあらゆる手段を用いて人為的な温室効果ガスの排出から環境を保護する義務がある。
  • 各国が条約によって課せられた義務を遵守しないこと、気候変動対策を行わないことは、国際法上の不法行為になりうる。
  • 各国が適切な措置を講じずに国際法違反と判断された場合は、気候変動で被害を受けた国に対する損害賠償を含む国家責任が問われる可能性がある。
  • 各国は気候変動による損害を防ぐ義務を負っているので、気候変動の主な要因である化石燃料の生産と使用を抑制しないことは、国際法に違反する可能性がある。
  • 化石燃料の掘削許可や補助金などを抑制せず、「国際法上の不法行為にあたる可能性がある」行為により被害が出た場合、国際責任法の一般条件が満たされることを条件に、被害を受けた国家に対して賠償、補償、および損害を充足させる措置を含む完全な賠償が提供される可能性がある。
  • 履行義務に基づき、責任を有する国は、義務違反が生じた場合でも、例えば、修正した緩和措置を採用したり、炭素吸収(Carbon sink)を強化したりするなどして、義務の履行を継続しなければならない。

もはや化石燃料を使い続けることは許されない

この勧告的意見は、温暖化に対して脆弱な人々や将来世代などへの不公正を正す指針となるでしょう。11月にブラジルで開催されるCOP30では、歴史的に排出量の多い先進国などの責任を問う声が高まるかもしれません。そして、気候正義のための戦いを続けるための強力な武器となるはずです。

国に化石燃料の使用による人為的な温室効果ガスを減らし、気候を保護する法的義務があるのであれば、日本政府が化石燃料、特に排出量の大きな石炭火力を使い続ける政策を推進していることは、義務違反に該当します。もはや科学的知見からだけでなく、国際司法からも化石燃料を使い続けることにNOが突き付けられたと言えるでしょう。

関連資料

ICJ: Obligations of States in respect of Climate Change (PDF)
Press release 2025/36
23 July 2025
Obligations of States in respect of Climate Change – The Court gives its Advisory Opinion and responds to the questions posed by the General Assembly
https://www.icj-cij.org/home

United Nations: Request for an advisory opinion of the International Court of Justice on the obligations of States in respect of climate change : resolution / adopted by the General Assembly (UN General Assembly)
OBLIGATIONS DES ÉTATS EN MATIÈRE DE CHANGEMENT CLIMATIQUE(原文PDF
Obligations of States in respect of Climate Change Summary of the Advisory Opinion of 23 July 2025 (PDF)

参考:国内の団体からのリリースなど

気候ネットワーク:【プレスリリース】ICJ、気候変動で歴史的判断 国の「法的責任」を明示 ―気候正義の新時代に向けて―(2025年7月25日
WWF:国際司法裁判所が国家の気候変動対策の義務を認める!(2025年7月31日

外務省資料「気候変動に係る諸国の義務に関するICJ勧告的意見手続:口頭陳述」
令和6年(2024年)12月 地球規模課題審議官組織 国際法局
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100766816.pdf

Center for International Environmental Law (CIEL) : ICJ AO Oral Hearings Daily Debriefs “Historic Climate Hearings at the International Court of Justice” (PDF)