7月28日、「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略(GX推進戦略)」を閣議決定しました。政府は、水素をカーボンプライシングの実現・実行を進めるGX(グリーントランスフォーメーション)の柱のひとつと位置づけており、このGX推進戦略の決定に先立つ6月6日には「水素基本戦略」を6年ぶりに改定し、今後15年間で官民で15兆円を超える投資を行うことを発表しています。
水素戦略改定の背景
近年、次世代のエネルギーとして、さらには化石燃料に代わる発電燃料として注目されている水素ですが、日本は比較的早い段階から水素関連技術の開発・実証に取り組んできました。
2015年3月 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が「水素エネルギー白書」を発表
2017年12月 「水素基本戦略」策定
2018年10月 経済産業省とNEDOが「⽔素閣僚会議」を開催
2019年3月 「水素・燃料電池戦略ロードマップ」を発表
2023年6月 「水素基本戦略」改定
2020年10月の2050年カーボンニュートラル宣言に続き、2021年10月に発表された第6次エネルギー基本計画に2030年度の電源構成の1%程度を水素・アンモニアで賄うことが記され、さらに、水素がカーボンニュートラルを実現するために不可欠な脱炭素燃料と位置付けられたことで世界の水素市場が急拡大したことも踏まえ、水素基本戦略が改定されました。
水素戦略のポイント
今回の改定におけるポイントは、①本格的な商業利用に向けたサプライチェーンを構築するため、今後15年間で官民あわせて15兆円を投資する、②2040年の水素供給量を現在の200万トンから6倍の1200万トン程度に拡大する、の2つです。
15兆円規模の投資を行う対象として、9つの分野*を戦略技術として重点的な支援を行うとしています。また、供給量については、2050年に2千万トンとする目標を掲げており、海外から水素を運搬する船の大型化などの技術開発などを支援しつつ、水素のサプライチェーンの構築を推し進めようとしています。
*水電解装置、燃料電池、脱炭素型発電、脱炭素型鉄鋼、脱炭素型化学製品、サプライチェーン、水素燃料船、燃料アンモニア、カーボンリサイクル製品
水素は経済成長をもたらすか
政府は、水素の利活用を進めることは、脱炭素やエネルギーの安定供給だけでなく、経済成長につながると強調し、規制・支援一体型の制度のもと、需要・供給の両面から大規模に普及させていくことを目指しています。既に多くの日本企業が、水素の生産・輸送・利用それぞれの分野で事業を展開しています。
水素基本戦略の課題
水素基本戦略の実現には、水素製造技術の開発、輸送、水素ステーションなどのインフラ整備、取り扱いにおける安全性、法整備など数々の課題があります。販売価格もそのひとつです。政府は、水素と化石燃料との価格差を補助し、販売価格の引き下げに向けた支援を行う方向で制度の検討を進め、最終的には水素価格を、従来のエネルギーと比べても競争力のある水準まで低減させていくことを目指しています。さらに、効率的な供給インフラの整備に向けた制度整備も進めるとしており、今後10年間で、大規模拠点を3か所程度、中規模拠点を5か所程度整備することが計画に盛り込まれています。
技術や国際的な市場動向を踏まえ、適正な目標価格への見直しを検討するほか、必要な制度の構築を検討していくと記されていますが、世界の水素開発競争は激化しており、グリーン水素の争奪戦となることが予想されます。
水素利用は脱炭素に繋がるか
水素の活用をGX戦略に入れ込んでいる政府は、脱炭素、エネルギー安定供給、経済成長の「一石三鳥」を狙っていますが、水素の利用拡大が脱炭素政策に反するものとなっては本末転倒です。水素は水から作ることができますが、需要が拡大する中で安価な水素を提供するために、現在世界で使われている水素のほとんどは化石燃料(特に褐炭や天然ガス)を化学反応させて作られています。欧米では、基本的にグリーン水素(再エネから作られた水素)の利用を前提としていますが、日本では安価で安定供給できることを優先し、グレー(化石燃料由来の水素)あるいはブルー(製造工程で排出されるCO2を回収した水素)の利用が進められようとしていることが問題視されています。グレー水素を使ったのでは「燃やした時にCO2を出さない」とは言っても、水素の製造段階でCO2を出しているので、脱炭素に貢献しているとは言えません。なお、最近は製造過程などによる色分けが増えすぎているので、色で呼ばずに排出強度で水素を評価しようとの動きも出てきています。
日本の水素基本戦略への疑問
脱炭素の視点からは、製造時のCO2排出だけでなく、ライフサイクル全体を見たときにCO2を排出しない/少ない水素を利用することが必須です。欧米の戦略は再エネなどでの水素の生産を増やすことを重視しているのに対し、日本の戦略は水素のサプライチェーンの構築・整備を加速させることを重視し、当面は化石燃料由来の水素でも良いとしていることは非常に大きな問題です。また、今回の基本戦略には、水素の利用拡大と目標量は示されているものの、いつまでに再エネ由来の水素の製造に切り替えることを目指すのか、目標数量のうちどの程度を再エネ由来にするのかといった数字は全く示されていません。これでは、この水素基本戦略による水素の利用拡大が本当の気候変動対策になるのか、疑問を抱かざるを得ません。
水素戦略への疑問
- グレーでも可とする「当面」とはいつまでなのか(グレーからグリーンに切替える時期)
- いつまでにどれだけの再エネ由来の水素を増やすのか(目標年と数量)
- 水素の利用量については目標数値が示されているが、国内での生産量を増やす目標は(エネルギー安全保障の観点から、いつまでどの程度を輸入に頼るのか)
- 再エネの価格が下がらなければ、水素価格も下がらないが、国内の再エネの価格を削減する策は
関連資料
経済産業省:水素基本戦略 (PDF)
参考
自然エネルギー財団:ポジションペーパー 脱炭素への道が見えない「改定水素基本戦略」(リンク)
経産省資料:米国におけるクリーン水素政策と民間投資の動向(PDF)
IRA: Towards Clean Hydrogen Leadership in the U.S.(リンク)
環境省資料:【国・地域別サマリ-欧州】水素戦略や水素製造・輸入量の目標(PDF)
REPowerEU: A plan to rapidly reduce dependence on Russian fossil fuels and fast forward the green transition*(リンク)