日本でも猛暑による健康被害、台風や線状降水帯の発生による災害などが頻発するようになっているのと同様、気候変動による異常気象は世界中の人々の健康、生活・社会・経済に多大な損害を与えています。気候変動による健康被害と経済損失に関する分析を紹介します。
健康被害 – 酷暑はサイレントキラー
世界気象機関(WMO)は2021年8月に、1970年から2019年までの50年間に暴風雨や干ばつなどの世界の気象災害の件数が5倍に増加し(11,000件以上)、200万人以上が死亡、経済的損失は3兆6,400億ドル(約400兆円)に達したとの報告書を発表しました。その4年後の今年(2025年)8月、WMOのコ・バレット副事務総長は「酷暑はサイレントキラーと呼ばれる」と述べました。さらに、世界保健機関(WHO)のファクトシートにも引用されているモデル研究によれば2000年から2019年の間に毎年約48万9,000人の熱関連死が発生してことを踏まえ、世界的な熱関連の病気、負傷、死亡は過小評価されているとの見解を示しました。
気候変動・異常気象は経済損失の原因に
近年の気候変動・異常気象は、熱中症リスクなどの健康被害だけでなく、社会や経済活動にも大きな影響をもたらしています。企業は、現在発生している気候変動の影響による市場や顧客ニーズの変化に対応するだけでなく、将来起こりうる気候変動・異常気象に備えてリスクを回避したり軽減したりするための対策もとらなければなりません。
2023年9月に学術誌Nature Communicationsに公開された論文は、2000年から2019年の間に気候変動によって発生した損失は2兆8,600億ドルに上ると算出しています。これは年間1,430憶ドルに相当する額です。この結果から、気候変動の経済的コストに関して引用されている推定値が大幅に過小評価されている見込みがあると指摘しています。
既に大きな損害が出ていますが、今後も温暖化が続けば経済的損失は増大すると見込まれています。ここからは将来の被害予測を見ていきます。
世界経済フォーラム(WEF)の報告書 -気候変動による健康被害の影響
世界経済フォーラム(WEF)は2025年9月に、2050年までに食料・農業、建築環境、医療・健康の3分野における気候変動に伴う健康リスクによって、少なくとも1.5兆ドルの生産性損失が発生する可能性があるとの報告書「Building Economic Resilience to the Health Impacts of Climate Change」を公表しました。WEFの報告書は、気候リスクをめぐる経営課題が、戦略的対応を要する段階に入ったことを示しています。
この報告書は、ボストン コンサルティング グループ(BCG)との協力のもと、食料・農業、建築環境、医療・健康の3分野に保険分野を加えた4つの経済分野における健康影響を評価したものです。その結果には、健康被害による労働力不足や疾病の増加が、生産性の低下を通じて世界経済に甚大な損失をもたらす可能性が示されています。分野別の推定経済損失は、食料・農業分野では最大7,400億ドル、建築環境では5,700億ドル、医療・健康分野では2,000億ドルとなっています。
保険分野では保険金請求が今後も増え続け、損失に繋がると見込まれています。

気候変動が健康に与える影響は既に甚大化していますが、今後に備えた対策が講じられなければ、2050年までに気候変動による死亡過剰が1.450万人に増大する可能性があると推計されています。特に、気候変動に対して脆弱な地域や影響を受けやすい地域では、過去10年間に異常気象による死亡数が15倍に増加しているとも指摘されています。保険分野でも同様に、適応策が講じられなければ、気候変動による健康への影響が保険会社の収益性を損ない、消費者の保険料負担を押し上げるといった影響の拡大が見越されています。
下の図は、4つの分野において気候変動が労働者の健康、消費者の健康、経済リスク、経済機会にどう影響するかを評価したものです。色の濃いほうが影響が大きいことを示しています。

報告書は、企業が労働者の健康保護対応を先延ばしにすれば健康に起因する生産性の低下と適応コストの増大を招くことになると警告する一方で、早期の対策(投資)をすればリスクの低減および新たな市場の創出にもつながると分析しています。企業単体でできる対応もありますが、分野ごとに異なる脆弱性があることから、気候と環境の課題に対処するには企業間の連携が必要だと述べています。
企業が積極的な適応策をとれば、はるかに効率的に対策ができることから、早期に労働者の健康保護、事業継続性の構築、生産性確保に向けた行動に取り組むこと、具体的には、あらゆる分野の最高経営責任者、取締役、投資家が気候変動と健康へのレジリエンス(耐性)を中核的な事業戦略に組み込むことを求めています。
世界経済フォーラム(WEF)の報告書 – 気候変動による経済損失
2024年12月にWEFが公開した報告書「Business on the Edge: Building Industry Resilience to Climate Hazards」は、猛暑や洪水などの災害が企業の固定資産を脅かしている実態を明らかにしたものです。自然災害による保険金の支払いは、2035年には最大で1,450億ドルに達する可能性がありますが、これは気候変動に伴う経済損失の一例にすぎません。企業はこうしたリスクを軽減するための対策を喫緊に講じる必要に迫られています。2035年までに気候変動によって上場企業が損失する固定資産は年間5,600-6,100億ドル相当と推測されており、対策に遅れを取った場合は、2035年までに年間収益の6.6%から7.3%の損失に直面する可能性があると警鐘を鳴らしています。
この報告書ではこうした推測を踏まえつつ、気候関連市場には大きな成長機会があるとして、官民が連携してイノベーションを進め、自然のアセットを保護し、脆弱なコミュニティを守るための金融ソリューションを開発することを提言しています。

日本の対策は
日本でも気候変動の影響は年々深刻になっています。猛暑による線路の歪みで列車の運転が止まる、極端な豪雨で橋や道路が冠水あるいは損傷する、線状降水帯による集中的な降水で水道管が破損するなど、気候変動による異常気象は道路や鉄道、水道、送電網などの既存のインフラに甚大な被害をもたらしており、その経済損失は増加する一方です。しかも、米ノートルダム大学のNotre Dame Global Adaptation Initiative (ND-GAIN)が公表する指標によると、日本は気候変動に対するインフラの堅牢性が168カ国中138番目と、諸外国に比べて脆弱であると評されています。
日本を含め、どのような国も企業もその影響から逃れることはできません。気候変動対策に対して早々に行動を起こすこと、経済損失に対処するためのより大きな投資を引き出すことが必要とされます。
資料一覧
世界気象機関(WMO)
WMO Atlas of Mortality and Economic Losses from Weather, Climate and Water Extremes (1970 – 2019)
公開:August 2021
世界経済フォーラム(WEF)
Building Economic Resilience to the Health Impacts of Climate Change
公開:September 2025
Business on the Edge: Building Industry Resilience to Climate Hazards
公開:December 2024
参考
Notre Dame Global Adaptation Initiative (ND-GAIN)
Country Index

