房総半島を横断するトンネルを作る計画が進んでいます。トンネルと言っても通るのは車でも人間でもなく、二酸化炭素(CO2)、しかも内房の工業地帯から排出されるCO2です。「首都圏CCS事業」と称されているこの計画が、今、着々と進められようとしていることが明らかになりました。
*CCS:CO2の分離・回収・貯留
「首都圏CCS事業」とはどんな計画なのか
計画は「首都圏CCS事業」と称されるもので、東京湾沿岸の京葉臨海工業地帯の工場などから排出された二酸化炭素(CO2)を分離回収して、房総半島を横断するパイプラインで外房側まで運び、太平洋側の海底の地下深くに貯留するというものです。石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)による先進的CCS事業の一環として進められており、2030年の事業開始を目指して既に調査などが始まっています。現在、パイプラインが通るごく一部の地域の住民向けの説明会が順次開催されています。

この事業の実施者と分担
事業を進めているのは、日本最大規模のエネルギー開発企業のINPEX(株式保有比率85%)と関東天然瓦斯開発(同15%)との合弁会社として2025年2月に設立された「首都圏CCS株式会社」です。特に、本事業計画の輸送・貯留を担い、CO2貯留層の技術評価やパイプライン敷設ルートの検討、さらに事業化に向けた実行可能性の評価などを担当すると記されています。
日本製鉄東日本製鉄所君津地区および京葉臨海工業地帯の複数産業から排出されるCO2を、同地区で分離して回収することになっています。本事業では、日本製鉄がCO2の分離・回収、首都圏CCS(INPEXと関東天然瓦斯開発)が輸送・貯留を分担しています。
2026年末の投資判断に向けた地元説明会
2025年7月に2回、袖ケ浦市の市民会館で住民説明会が行われました。袖ケ浦市の中でもパイプラインのルート下にある地区の住民にのみ説明会の開催案内が回覧されましたが、他市の地区の数か所でも案内方法は同じで、外部の人が知り得る形では公開されないまま説明会が開催されています。また、説明会は首都圏CCS株式会社の主催で実施され、日本製鉄は参加していません。説明会当日に配られた資料(公開不可)の表紙には(先進的CCS事業の内、首都圏CCS事業に係る設計作業等)の説明であると書かれ、CCSのCC(Carbon Capture)の部分もS(Storage)の部分の説明もなく、輸送スコープであるパイプライン敷設計画の説明のみでした。リスクに関してもきわめて限定的な説明しかなく、“安全性”が強調されるばかりです。これだけの規模で実施される事業は、本来であれば環境アセスメントの対象として諸手続きを実施し、オープンな形で説明を行い、多様な意見や疑問に対処するべきです。しかし、国会でCCS事業法案を議論した際、環境アセスメントの必要性が指摘されながらも、アセス対象としないとの原案どおりで可決成立したため、法的な義務がありません。最終投資判断を下すと予定している2026年末に向け、今後も調査が進められますが、住民との対話や十分な説明が行われる法的担保はありません。
パイプライン敷設ルート
事業者は、房総半島を横断するパイプライン敷設の具体的なルートは確定していないと説明しています。しかし、君津市、木更津市、袖ケ浦市、茂原市を含む9つのエリアを通り、具体的なルートの構想もすでにあり、着々と下準備は進めてきています。。調査を行った後に事業性や経済性の判断を行うと述べていましたが、パイプラインの敷設ありきであることは明らかです。市中では幹線道路などの2m程度の深さに直径73センチ程度のパイプを埋設し、河川や鉄道横断部など場所によってはさらに掘り下げた地下にパイプを埋設するとしています。地震の影響に関しては、地下トンネルはモルタルで強化するのと、折れ曲がっても壊れない柔軟性の高いパイプを使うので震度7の地震にも対応できるようにすると説明しています。
近年は水道管の老朽化で水が漏れたり、地面が陥没したりする事故が起きています。CO2のパイプが将来何十年にもわたって安全だと誰が保障できるのでしょう。自然災害で何か起きたときの責任は誰が持つのか、パイプのメンテナンスを誰が担うかなどについての言及はありませんでした。
なぜ房総半島横断なのか?
ここで根本的な問題に立ち戻ります。「なぜ東京湾側から排出されるCO2を房総半島に約80キロものパイプラインを敷設してまで外房に運ぶ必要があるのか。」住民説明会で住民からあげられたこの質問に対し事業者は、「外房(太平洋側)では水溶性のガスが出ているので地層データがあり、貯留想定エリアの海底に遮蔽層(圧入したCO2が漏れないように蓋の役目をする地層)がある確率が高く、よってCO2圧入ができる可能性が高いから」と回答しています。そして、内房(排出源の沖など)に適地があるかどうかは費用もかかるので調査していないとの回答でした。外房沖の方が可能性が高いというだけの理由で房総半島を横断してCO2を輸送・貯留する事業に住民の納得が得られるのでしょうか。
例えば、
Aさんがどう頑張っても出てしまうゴミを自分の庭に埋めたくない。Bさんの家の庭は遠いけど埋めやすそうだから、そっちに埋めることにする。じゃ、Cさんの庭を通ってゴミを運ぶから後は埋めといてね。良い穴が掘れるかはわからないけど。
と言われたらどう思いますか?
これは極端な比喩ですが、実態としては内房に適地があるかの調査もしないまま、しかも外房の適地にどの程度のCO2貯留ができるかの確信もないまま、巨額の費用をかけて80キロにおよぶパイプラインを作る計画を進めているのです。
事業の費用は私たちの税金から
住民説明会では、パイプラインを敷設するより船で輸送したほうが安いのでは?との質問も出ました。これに対し事業者は、長距離(200km以上)であれば大容量船舶による輸送のほうが安価になると試算されており、本計画は200キロに満たないからと答えています。はたしてこの試算には、パイプラインの地中埋設の費用が適切に試算されているのでしょうか。INPEXは本事業(輸送スコープ)の費用を「これから試算する」として返答しませんでした。本事業は、国が進める「先進的CCS事業」の一環なので税金が投入されますが、はたして全行程ではどれほどの費用がかかるのか、公開されている資料からは把握できません。
さらに、IMPEXは本事業によってどのぐらいのCO2が排出されるかは試算していないとのことでした。年間120万トンのCO2を貯留するための準備にどの程度のCO2が排出されるのか―しかも、房総沖の貯留はやってみなければ本当に予定量が貯留できるか分かりません。いずれにせよ、事業によるCO2排出量と全行程の費用が明示されることは不可欠です。
房総各地の住民、海を仕事場とする漁業関係者などを広い対象に向け、パイプラインの工事の説明会にとどまらず、日本製鉄による分離・回収スコープと、首都圏CCS株式会社による貯留スコープ(海洋設備の概念設計および評価井の準備・掘削・評価)についての説明会を実施し、様々な懸念事項をあらゆるステークホルダーと共有し、議論した上で最終投資判断がなされるべきです。
関連資料
令和6年度「先進的CCS事業の実施に係る調査」首都圏CCS事業の成果報告 2025年7月9日(水)(PDF)
INPEX:首都圏CCS事業(リンク)
パートナー団体作成のCCS関連資料
FoEジャパン:千葉県を横断する大規模CCS事業が誰も知らないうちに計画中!?
気候ネットワーク:ウェビナー「首都圏CCSについて考える~NGOの視点で解説~」(2025年7月24日実施)