石炭火力発電所からは、CO2だけでなく、多くの種類の汚染物質が排出されています。水銀を含む重金属物質は、燃料である石炭中に含まれており、火力発電所での燃焼を通して大気に放出される以外にも、燃焼後の石炭灰などに含まれるなどして、様々な形態で環境中へ放出されています。
環境省の調査では、水銀の大気放出量は最大16µg/Nm3、最少0.1µg/Nm3未満(76施設139データ)となっており、また2014年度のインベントリーデータでは石炭火力発電所からの大気放出量は1.3トンHg/年(日本国内全体での大気排出量は18トンHg/年)と報告されています。
日本の水銀排出規制
世界的な水銀の排出を規制するための「水銀に関する水俣条約」が採択されました。この条約では石炭火力発電所も対象に含まれています*1。これを受け、日本では昨年6月に大気汚染防止法が改正され、水銀の大気放出が初めて規制の対象となることになりました。また、2015年12月18日には中央環境審議会に水銀大気排出対策の実施が諮問され、この検討を行うため、2016年1月6日には大気・騒音振動部会に「大気排出基準等専門委員会」が設置されました。
この専門委員会は、4回の検討を経て、水銀排出施設の種類や規模、排出基準、 要排出抑制施設の種類、排ガス中の水銀の測定方法について、4月23日に第一次報告書を取りまとめています。
規制対象となった石炭火力設備の水銀の排出基準は以下のように提案されています。水準は、例えばアメリカは、0.3lb/TWh(0.5µg/Nm3程度)、EUは2µg/Nm3(新規)、4µg/Nm3(既存)の遵守基準を設定しているところ(EUの基準も緩すぎると言われ、1µg/Nm3は可能だとされている)、日本では8~15µg/Nm3と大きくなっています。現在日本の石炭火力発電所には、水銀を特定して除去する設備は設けられておらず、ばい煙処理設備としての脱硝装置が設置されているのみであり、今回の排出基準値は、脱硝設備、除塵設備、脱硫設備などが、副次的に水銀を除去している実績に基づいて定められたものです。これでは水銀の排出を削減させるための規制ではなくて、現状レベルの追認ではないでしょうか。さらに、総排出量の削減について目標値や、到達のためのスケジュールや、基準に違反した排出源に対する規制なども考えられていません。水銀対策で事業者に石炭火力にコストをかけさせずに、安い電源として維持しておこうということなのでしょうか?
こうして石炭火力からは一定量の水銀が大気中に放出され続け、石炭は汚い電源であり続けることになります。水俣病を経験した国が、これでいいのでしょうか。
石炭燃焼ボイラーの排出基準(標準酸素補正方式による6% 酸素換算値)
対象施設 | 対象規模 | 排出基準(µ g/Nm3) | |
新規 | 既存 | ||
① 石炭ボイラー(②を除く) | 伝熱面積が10㎡以上であるか、又はバーナーの燃料の燃焼能力が重油換算一時間当たり50L以上のもの。 | 8 | 10 |
② 小型石炭混焼ボイラー | 伝熱面積が10㎡以上であるか、又はバーナーの燃料の燃焼能力が重油換算一時間当たり50L以上であるものうち、バーナーの燃料の燃焼能力が重油換算一時間当たり100,000L 未満のもの。 | 10 | 15 |
(注)基準値設定に当たっては、小型石炭混焼ボイラーは、それ以外の石炭燃焼ボイラーに比べて水銀濃度が高い傾向が見られたこと、廃棄物焼却炉として使用されているものは燃料中の水銀含有量が比較的変動することを想定し、小型石炭混焼ボイラーに限り、廃棄物焼却炉に対する排出基準値のレベルも勘案した水準となっている。なお、これらの数値は、標準酸素濃度補正方式を採用して補正されたものである。
「大気汚染防止法施行令及び施行規則」の改正
案はパブリックコメント実施後、6月7日の大気・騒音振動部会で承認され、7月初めには、経産省との合同委員会でも審議されました。8月頃に「大気汚染防止法施行令及び施行規則」の改正が行われ、施設の種類や規模及びそれらに応じた排出基準、測定方法、各種届出様式等が定まり、条約発効日から 2 年以内に施行されることになります。
また、9月以降に大気排出基準等専門委員会において、要排出抑制施設の自主的取組のフォローアップ の在り方について検討され、第二次報告書として取りまとめられることになっています。
【脚注】
*1 水俣条約(附属書D)では、石炭火力発電所と産業用石炭燃焼ボイラーを別々に分類しています。一般的に、石炭火力発電所は発電を目的にボイラーを稼働させているものを指しますが、産業用石炭燃焼ボイラーを自家発電用に使用している事業者も多いため、この2つを明確に区別するのは難しい面もあります。このことから、今回の水銀排出に関しては「石炭を燃料とするボイラー(熱風ボイラーを含む)」として一つの分類として扱うことが適当であるとなりました。
【参考】
中央環境審議会・大気・騒音振動部会(第11回)(2016年6月7日)資料 「水銀大気排出実態調査の結果」
「水銀大気排出インベントリー(2014 年度対象)」
「水銀大気排出抑制対策について(第一次報告書)」